新潟県立環境と人間のふれあい館 ~新潟水俣病資料館~
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水俣病ってなに? for kids

水俣病ってどんな病気?
 工場排水に含まれていたメチル水銀によって神経細胞が障害を受ける病気で、そのために手足のシビレ感などさまざまな障害がでます。
  水俣病を完全に治す治療方法はありません。水俣病になった人たちの苦しみは、今も続いています。

:水俣病で特に冒される大脳や小脳の部位
新潟水俣病の原因は?
 新潟水俣病の原因は、昭和電工鹿瀬工場の排水が原因でした。
 工場はアセトアルデヒドという化学物質を製造していましたが、その製造工程のなかでメチル水銀が作られて、処理されないまま排水といっしょに阿賀野川に流されていました。

:アセトアルデヒドの製造工程図
どんな人が新潟水俣病にかかったの?
 阿賀野川に流れこんだメチル水銀は、プランクトン、プランクトンから水生昆虫、それをエサにする魚へと取り込まれました。(食物連鎖)
 そして、その魚を長い間たくさん食べた人達が水俣病になってしまいました。

:食物連鎖によるメチル水銀の蓄積
どうして水俣病っていうの?
 熊本県水俣市で最初にこの病気が発生したことから「水俣病」と呼ばれるようになりました。そして、その9年後に全く同じ原因で同じ病気が新潟で起こったことから第2の水俣病、新潟水俣病となりました。

:水俣市と新潟市の位置
水俣病になると差別されたの?なぜ?
 最初は水俣病の原因がメチル水銀とはわかりませんでした。そのため「伝染病」「タタリ」 だと誤解され、結婚や就職で差別されるようになりました。
  そして原因がメチル水銀とわかっても行政は積極的にPRしませんでした。そのため、誤解はなかなかとけず、具合が悪くても差別を恐れ水俣病と言い出せない状況になってしまいました。
水俣病の認定患者ってなに?
 水俣病になるとさまざまな症状が現れますが、医師が委員となる認定審査会で審査し、水俣病と認められた被害者の人たちが認定患者と呼ばれています。
 水俣病と認められなかった被害者の人たちは、「なぜ水俣病と認められないのか」と各地で裁判を起こし、2004年には最高裁判決で認定審査会より緩やかな基準でも水俣病と認める裁判所の判断が確定しました。
 しかしその後も国は認定審査会の基準を見直すことがなく混乱が生じています。
水俣病の主な症状
感覚障害 触られていることや熱さ冷たさの感覚が低下する。手足の先端に行くほど強くなる。
運動失調 手のふるえや歩くときふらついたり、箸をつかむなど細かい動作がうまくできなくなる。
求心性
視野狭窄
視野が狭くなり筒をとおしてモノを見るような状態になる。
その他 手足・口周囲のしびれ感、耳鳴り、難聴、味がわからない、言葉がでにくいなど多様な症状があり、中には外見からは健康な人と見分けのつかない人もいます。
ねたみや中傷
 水俣病の患者に認定されると一生治らない病気の代償として補償を受けることが出来ましたが、まわりから「補償金で家を建てた」などねたまれたりしました。また、認定されなかった人達や、これから認定申請をしようとする人達も「お金目的のニセ患者」だと中傷されたりしました。
 仲の良かった地域のきずなを壊し、人々の間に埋めがたい深い溝を生み出してしまいました。
 これからみんなで、この壊れた関係を正しい知識を持って直す努力をしていかなければなりません。
新潟水俣病に関する裁判
◎新潟水俣病第1次訴訟(1967~1971) ◎新潟水俣病第2次訴訟(1982~1995)
・昭和電工のメチル水銀を含んだ工場排水が原因であるとして、昭和電工に補償を求めた裁判
・1971年9月、原告が勝利し昭和電工の責任が認められた
・熊本で起こった水俣病を再び新潟で発生させたことの国の責任と、被害者を水俣病と認めて補償を行うことを昭和電工に求めた裁判
・1992年3月、新潟地裁で91人中88人を水俣病と認める判決(国の責任は否定)
・原告及び昭和電工が東京高裁に控訴
・1995年の政治解決により和解
◎新潟水俣病第3次訴訟(2007~) ◎ノーモア・ミナマタ新潟全被害者救済訴訟(第4次訴訟)(2009~2011)
・工場排水の規制を行わなかった国の責任、漁業調整規則に基づく有害物遺棄等の禁止を行わなかったとする県の責任及び有害な工場排水による不法行為に対する昭和電工の責任を求めた裁判
・2015年3月、新潟地裁で昭和電工の責任を追及する原告10人のうち7人について水俣病と認める判決(国・県の責任は否定)
・判決を不服として、原告及び昭和電工が東京高裁に控訴
・2017年11月、原告10人のうち8人が平行して係争していた新潟水俣病抗告訴訟において東京高裁で勝訴
・抗告訴訟で勝訴した原告8人はその後、新潟市から認定を受けて訴えを取下げたため、3次訴訟の原告は新潟地裁で敗訴した2人のみとなる
・2018年3月、東京高裁で原告2人の請求を棄却する判決(水俣病に罹患していると認めず)
・2018年4月、原告2人が最高裁へ上告
・工場排水の規制を行わず被害拡大の防止を怠ったこと及び認定基準を厳格化し患者救済を切り捨てた国の責任と、有機水銀を含んだ工場排水を阿賀野川に放出した昭和電工の責任を求めた裁判
・2011年3月に和解
◎新潟水俣病抗告訴訟(2013~2017) ◎ノーモア・ミナマタ新潟第2次全被害者救済訴訟(第5次訴訟)(2013~)
・新潟市長が行った公健法に基づく水俣病認定申請棄却処分を不服とし、処分の取消し及び認定の義務付けを求める裁判
・2016年5月、新潟地裁で原告9人中7人の請求を認容する判決
・原告及び新潟市が東京高裁に控訴
・2017年11月、東京高裁で原告9人全員の請求を認容する判決
・2017年12月、新潟市が判決を受け入れたため、判決確定(9人全員認定)
・水俣病被害者救済特別措置法による給付申請の期限に間に合わなかった人や、給付申請をしたが非該当になった人などが国と昭和電工に損害賠償を求めた裁判
・現在、新潟地裁で係争中
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